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「涼宮ハルヒの憂鬱」及び「好色」並びに「少将滋幹の母」二次創作


涼宮ハルヒと好色


飢饉疫病その他諸々によりて、河原という河原は死人で埋まっていたが
少なくとも、そこから数十里隔たった京の中心街は平和であった。
平和であればこの時の人々は色恋に現を抜かし短き世を費やすものだが、
今著の主人公、近衛中将も例にもれることは無く、恋にその命を削られた。
この中将、賎しからざる身の上ということは明らかなれど、
その名こそは現代まで終ぞ伝わることは無かった。
この謎めいた中将を語る際「〜ホレ、あの中将の〜」では
どの中将か定かでは無いため、我々古典研究者は「近衛中将」を略し
「キョン」とその名を呼ぶこととしている。

キョンなる男は決して美しい顔貌では無かったが、不思議と色恋の術には長けていた。
理由は定かでは無いが、キョンと親交のあった数少ない歌人である
大弼国木田の記した『国木田日記』に拠ると
「あやしくも中将はふみなどそうしたためず」とある。
考えるに情熱的で女を得んと鼻息荒き男ばかりの中において、
キョンの一歩引いた慎ましやかなる態度が、女御の気を引いたのではないか。
―――俗な例えであるが、濃い味付けのものばかり食べていると、
どうにも薄い味付けのものも食べたくなるような――――

筆者の推測はさて置き、キョンに、どのような男の求愛も受け付けなかった
斎宮長門有希との交わりがあったことは周知にして、
幾つかの書物にキョンを語る上での重要な逸話として残されていることから
キョンが当時好き者として名が通っていたことは疑いが無い。

この物語は、当代の好き者としては不思議な存在感を放っていたキョンと、
そのキョンが自らの恋の方途を曲げてまで求めた侍従についてのものである。


段の一

キョンは同じ相手に三度以上文を書くことは稀だった。
言うまでも無く、三度目の文に筆を下ろすまでも無く、
どのような女もキョンを受け容れるからだ。

「斎宮のときも三度目の文でまみえることが出来たというに」
しかし既にキョンは二十通目の文に手をつけんとしている。
「未だ会うことがかなわんとはどういうことだ」

――――おれはあの斎宮長門をもものにした近衛中将であるぞ―――

苛立ちつつ筆を走らせる。
今まで相手に合わせた的確な歌選びと、その控えめな態度でもって
少ない書簡の往復で女御と関係をもってきたキョンである。
二十通目の今となっては、相手の心ときめかす艶文など書けるはずも無い。
「そもそも、おれが何通もの手紙を送っているのに
 一通も返事がないというのはどういう了見だ」
会う以前に、返事すらももらえていない一方通行の関係であった。
「ならば」
キョンは先ほどまで書いていた手紙を破り捨て、新たな紙にこう書き付けた。

あなたの気持ちを動かせないのは私の力量不足と痛み入る次第ですが、
せめて、せめて、「見た」と、その二文字だけでもお返事いただけないでしょうか。

自らの書いた文のあまりの情けなさにキョンは玉の涙を浮かべた。
「嗚呼、おれは何てやつを好きになっちまったんだ」
キョンが手紙の相手――涼宮の侍従――を知ったのは今年の春のことである。

「牛車に入る際の一瞬しか見えなかったが、美しかった。
 夜を封じ込めたかのように底知れない、吸い込まれそうな瞳
 黒き水面がそこにあるような黒髪の、白き頬にかかるなめまかしさ
 そして斎宮でさえなびいたおれに、少しもその気を見せないという気高さ…」

恨んでいたそのつれなささえも、知らず美点であると思い込んでしまう…。
恋患いはいつの世も度し難いものだ。



段の二

「もしかしたら、彼奴が部屋から出てきたところなぞを見られるかもしれない」
さもしい理由からだが、キョンは使いを出さずに
自らの足でもって涼宮の侍従の家に手紙を届けに行くことが通例となっていた。
生垣の前で暫し待っていると、廊下に面した障子が開いて一人の女童が顔を出す。
「あ、朝比奈さん」
朝比奈さんと呼ばれた女童は、声の出所を確認するとトタトタと駆け寄ってきた。

天殿人が女童程度に敬語を使うことなどまず無いが、
キョンにとって朝比奈は、涼宮の侍従との得がたい橋渡しであるから、
機嫌を取ろうとして使っているのだろう。

「キョンさん、またお手紙ですか?」
「そうなんです。今日もお願いできませんかね?」
出された手紙を恭しく受け取り、踵を返したところで朝比奈はキョンに肩を掴まれた。
「ところで朝比奈さん、今までの手紙は本当に侍従に渡したのですか?
 私、今まで一度も涼宮の侍従から手紙の返事を貰っていないのですが…まさか
 こっそりお尻を拭く紙として自分のものにしてしまったんじゃないでしょうね?
 たしかに木片で拭くのは痛い、紙だったらどんなに良いかと常々私も…」
「ちゃんと渡しましたよぅ! わかりましたよぅ!
 私からもお返事を書いていただけるように、侍従にお頼み申し上げますよぅ!」
それを聴き、満足そうに頷いたキョンは朝比奈を開放してやった。
心なしか強く肩を掴んでしまったのは、先の朝比奈の「また」という言葉に些か自尊心を傷つけられたからだ。

キョンが門柱の蔭に持たれて待っていると、幾許も立たぬうちに
にこにことしながら朝比奈が戻ってきて一通の手紙を渡す。
「お返事がありましたよーぅ」
手紙を受け取っても信じられないような顔をして、夢心地であったキョンだが
意を決して封を開けてみると中から一枚の紙切れが出てきた。
それを朝比奈と二人して覗き込むと、見慣れた字で
「見た」とのみ書かれていた。
キョンが涼宮の侍従に送った手紙

―――せめて、「見た」と、その二文字だけでもお返事いただけないでしょうか。―――


その「見た」の部分を千切って送ってきたのだ。
あまりにも意地の悪い所業に、キョンも朝比奈も凍りついた。


段の三

平安の貴族たちは恋に敗れてはおいおいと泣くが、また直ぐに心の傷は癒え、
新たな恋に生きることが出来るもので、それは恋の実らぬ事を、
幾度と無く経験した故に得た強き精神によるのだが、
こと淡白な恋愛しか経験したことがないキョンは、そのような心は持ち合わせていなかった。
それともその恋愛術は自らの打たれ弱さを知っての事だったか、
ともかく、キョンは先日の涼宮の侍従による仕打ちに酷く心を痛めていた。

しかしたとえ如何様に心が傷付こうとも、出仕だけはせねばならぬ。
痛む胸を押さえて参内するキョンに更なる追い討ちがかけられた。
宮中でキョンを目にした皆々が、官位に関らず口々に「見た」と呟いたのだ
一人二人までは、聞き違いだと思っていたがキョンであったが
それが十数人にも上ると流石に馬鹿にされていると気付く。
だがしかし、場所も場所にして、自らより官位の高い者も居てどうすることも出来ない。
踵を返し憤然と宮中を去ったが、その背にはやはり嘲笑まじりの
「見た」が浴びせられた。

近衛中将研究の一人者である西原清輝は、キョンと涼宮の侍従の手紙の話を宮中に広めたのは
朝比奈の女童と親交のあった、鶴屋の女御であると予想している。
鶴屋の女御であるかどうかは定かでは無いが、筆者自身も
日がな家の中に籠もり切りの涼宮の侍従に噂を流すことは不可能であると考えている。
しかし、キョンはそのようには思わなかった。

「ああいまいましい涼宮の侍従め。おれをどこまで貶めれば気が済むのだ。
こう笑いものにされては参内することなどかなわん。
どこぞの田舎にでも―――そうだな、斎宮のいる伊勢などがいいか―――
ほとぼりが冷めるまで引っ込んでいようか。
だが…ああ、伊勢に行って侍従と離れようとも、おれはきッと侍従を忘れられまい。
恨みを呟いている今でこそ、美しき彼奴の顔が頭に浮かんでくるのだから」
煩悶しのた打ち回っていると、障子の外から、低く響く美しい声が聞こえてきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。だれだ、おまえは」
「わたしはコセンと名乗る僧にて御座います」
「おお、坊主か、入れ」
ではお邪魔して、と目元のすっきりした僧侶が障子を開けた。
「おまえは、情念のはらし方を、知っているか?」
キョンの余りに切羽詰った様子に只ならぬものを感じつつも、
コセンは落ち着き払って、簡単ですよと前置きし
「相手の一番醜い部分を見て、それがそのものの本質、全てであると思い込めば良いのです」
「例えばどこであろうか?」
「そうですね、脳漿、臓腑、・・・それに、糞便」
「それだ」
キョンは膝を叩いて立ち上がり、コセンに礼を言って門を飛び出た。

「そうだそうだ、いくらお高くとまった涼宮の侍従でも糞便ばかりは繕えまい。
涼宮の侍従の乞食や鳥獣と変わらぬ糞を見たら、きっとこの思いも消し飛ぶだろう」
涼宮の侍従宅の前栽の下に潜んで、邸内を窺っていると丁度障子が開き
朝比奈の女童が大事そうに漆塗りの箱を抱えてこちらにやってきた。
しめたとばかりにキョンは朝比奈の女童に駆け寄って、その箱を奪い取る。
「キョンさんそれは……!」
「いいんですいいんです朝比奈さん」
「でもそれは……」
「わかっていますわかっています」
「でも―」
言い終わらぬ内にそこから走り去った。

自宅に帰り着いたキョンは、さっそく自らの部屋に遣り戸を立て、
誰も入って来れぬようにし、朝比奈の女童から頂戴した黒い箱を床に置いた。
自らもその前に正座し、息を深く吐く。
走りながらちゃぽちゃぽという水音を確認した。これはやはり涼宮の侍従のおまるだ。
キョンの胸ははじめて涼宮の侍従を見たときのように高鳴った。
誰も見たことのない涼宮の侍従の素顔と、辛く苦しき恋の終り。
両方をいっぺんに手に入れることが急に怖ろしくなって、キョンの指先はわなわなと震えた。
されど何時までもこうしているわけにもゆかず、
震える指を蓋の上にかけ、南無三!と勢いよく開け放った。
するとすぐさま、ふわんと格調高い香りが漂ってきた。
キョンもしばしば用いる香木、丁子のそれであった。
「そんな馬鹿な!」慌てて箱の中を覗き込むと、
薄黄色の薫り高い水が張られ、その中に二寸ばかりの黒い固形物が二つ浮いていた。
果たしてこのような、天女のごとき糞をする女がいるものか…
――だがもしかしたら――という疑念を拭えず、
キョンは黄色い水を指にすくって嘗める。ほろ苦く、やはり鼻に抜けるような丁子の香りがする。
どうやらこの水は、丁子を煮出したもののようだ。
「ならばこれは…?」
今度は固形物の方を口に運び噛んでみた、耐え難い苦味からその場に吐き出さざるを得なかったが、
口の中には爽やかな香りが残った。こちらは香木を炭にしたものらしい。

「アッハッハ・・・こいつは敵わないや」

キョンは物狂いのように笑い続けた。
高嶺の花だとは思っていたが、頑張れば十分手の届く所にいると思っていた。しかし違った。
彼女はキョンが幾ら這い上がろうとも届かぬ場所にいた蓮の花だったのだ。
この箱の仕掛けは、キョンに深い絶望と、諦念を齎した。


段の四

さて、その後キョンがどうなったかは明らかでなく、
そのまま狂い死にした、伊勢に戻ったなど、研究者によって考え方はまちまちだ。

それはさて置き、あまり論文などには上がらないようだが
鎌倉時代に編纂された『金霊和歌集』に、斎宮長門有希と涼宮の侍従との書簡の往復があったことが記されている。

筆者は兼ねてより、涼宮の侍従はキョンに対し何故あそこまで残酷になれるかと考えていた。

折角幾つもの資料に当たってある程度まとまりのある話を書けていたのに、
自らの空想でもって汚してしまうなど愚にもつかないことだとは十分承知しているが………。
それでも、書きたいという気持ちは抑えきれず。

以下の『金霊和歌集』に発想を得た話は
余談とし、何とかお許し願いたい。


段の五

「さっきのは、ちょっとあんまりではないでしょうか?」
朝比奈の女童は、自らが仕える相手に恐る恐る進言した。
「さっきのって、なによ?」
「手紙のことですよ!いくら嫌いだからと言っても、あれじゃキョンさんが可哀想です!」
下心があると言えど、自らを対等以上に扱ってくれたキョンに、
朝比奈の女童は少なからず好意を抱いていたのか、その語気は荒い。
涼宮の侍従はむうと口を尖らせて別に嫌いじゃないわよ。と呟く。
「あたしだって、アレだけ突っぱねても手紙を送ってくれる男に嫌な気はしないわ」
「じゃあどうして!」
「だッて、あたしは有希の友達だもの」
朝比奈の女童は一瞬涼宮の侍従の言う事が理解できなかったが、元来利発な女童である。
数ヶ月前、彼女が幼少のときより仲の良かった斎宮から久しぶりに書簡が来たこと、
その書簡に、ある男が自分を棄てて寂しいと書かれていたこと、
そしてその男が、キョンであったことが直ぐさま頭に浮かんできた。

「さァてみくるちゃん」
「みくる?」
「細かいことは気にしちゃダメよ女童ちゃん!さっきの手紙のこと、今から宮中の皆に広めてきてね」
「え、え、えぇ〜!?」
「そうすればキョンは宮中にいられなくなって、有希に泣きつくに決まッてるわ!」
「そんな上手く行くわけ・・・」
「いいから行ってきなさいよ!・・・ああ、有希の喜ぶ顔が目に浮かぶわ!」


段の六

涼宮の侍従は現代においても悪女の代名詞となっているが、
筆者は、果たしてそこに女同士の友情が無かったとは言い切れないと考えている。


最後に『金霊和歌集』より、二人の和歌を引用しよう。


斎宮長門
「夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人を恋ふとて」

返して涼宮の侍従
「うち忍びなどか心もやらざらむ憂き世の中に花はさかずや」


斎宮の痛切なる願いに対し、涼宮の侍従の返歌は随分と楽天的だ。
もしかしたらば、その楽天を裏付ける自信があったのでは無いか………と

ああ、やはりもう止めよう。
これ以上は新たな資料の発見を待つのみの話だ。


(了)

 

 

あとがき

芥川先生、谷崎先生ごめんなさい。草葉の陰で泣いてらっしゃることと思われますが、コンセプトからして
「へへへ、良い声で泣かせてやんよぉ!両先生方ァ!」なので、申し開きも出来ません。

確か制作動機は『好色』の侍従が涼宮ハルヒに似ている。と思いつき、サイトの日記に
好色へのリンクを張って「ホラ、似てるでしょ?」とやろうと思ったのですが、それでは味気ないかなと思い立ち、
だったらSSにしてホントにハルヒを侍従に置き換えて紹介した方が楽しんでもらえるかなあ…と。

ついでに『好色』では本質、『少将〜』では時平の差し金とされている
「侍従の残酷性」を、どうにか他の、美しい解釈を出来ないものかと思いつつ書き上げました。
そのために随分と捏造エピソードを書き連ねましたが、まあ登場人物からして全て捏造みたいなものなので、
広い心で見逃していただけたらなと思います(元ネタの両作品は、史実に極めて忠実ながら、素晴らしいオリジナリティを内包しています)

一応注意しておきますと、作中に出てきた本『国木田日記』や『金霊和歌集』などは全て架空の産物です。
『金霊和歌集』なんて、読み方「きんたまわかしゅう」だもんな。フザケるのもいい加減にしろって感じですな。
西原清輝さんも何となく思いついた人。ただ、引用した和歌だけは本物です。
長門が詠んだとしたものは、古今集(だったかな?)によみびとしらずで収録されていた歌で、
男女どちらが詠んでいても不思議ではないミステリアスさが気に入り使いました。
ハルヒが詠んだとしたものは、源重之の歌からお借りしました。返歌になってねーじゃんと言われるかもしれませんが、
多分長門が夏に手紙を出して、ハルヒさんは春になったらキョンが行くからガマンして待っててよ。
ということを伝えたくて送ったんじゃないかなあ?(おい作者・・・)

感想がある方は、TOPのメールフォームよりお送りください。「斎宮が中将なぞ受け容れるわけねーだろ」とか
「なんで近衛中将を略してキョンなんだよ」とかの心無い突っ込みはオヤメ下さい。エンタテインメントなので色々大きな目で。
ああそうそう、多分近衛中将の名前が伝わってないのは、長門やハルヒさんが色々したんだと思います。知らんけど。(作者…)

最後に、もしこのSSを面白いと思われましたら、是非原作(ハルヒにしろ好色にしろ少将〜にしろ)にも触れられることをお勧めいたします。

 

それでは。

(追記)

新しく長門メインの「笑みはさざなみのように」というSSも書きましたので、よかったらどうぞ。

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