「涼宮ハルヒの憂鬱」二次創作

涼宮ハルヒのふたなり(全年齢対象)

 

部室は閉め切った部屋につきものの淀んだ空気に支配されていたが、それは決して不快なものではなかった。

「バイトで和歌山に行ったときに、珍しいものを見つけましてね。お土産です」
思い出したように古泉一樹は冷蔵庫から瑠璃色の包み紙が美しい小箱を取り出し、
律儀な少女が着せ替え人形の服を替えるように丁寧に包装紙をはがし、それを畳んだのちにふたを開ける。
俺と朝比奈さんが覗き込むと中には箱の大きさどおりにきっちり詰められた正方形のサンドウィッチが、書架の本を彷彿させるよう、並んでいた。
「いのぶたのカツを挟んだサンドウィッチです。冷めていますけど、美味しいですよ」
促され、サンドウィッチの一斤を手に取りかぶりつく、冷ややかな肉汁と甘辛いソースがじんわりと口中に広がる。
冷蔵庫から出したばかりのカツの冷たさが歯から頭に抜けるように響き、噛むのに少し難儀したが、
一度噛んでしまえば、脂身の驚くべき柔らかさによって肉を口の中で転がしているだけで自然ととろけてしまうため、食べるのは容易だった。
しかしそのような儚い特性に反して、味はコクがあり、嚥下した後でも口の中に居残り続けるがそのことに不快感は無い。
「どうです?不思議でしょう。歯ごたえがあるのにすぐ口の中でとけてしまう」
「ああ、それに味にコクがあるのにサッパリとしていて、臭みがない。……まるで魔法や奇蹟を食べているようだ。矛盾を矛盾のまま受け容れ成立させるような奇蹟」
「そう!奇蹟を口にするとはまさにこの事かと錯覚させる。キリストの肉を口にした信者たちはきっとこんな気持ちだったのでしょう!」
古泉と俺の意見が珍しく一致し、いのぶたカツサンド賛美は続けられる。長所を表現を変え、挙げ続けるのみの、ある種不毛な行為だが、それなりに楽しく、幸福だ。
隣では朝比奈さんがマシュマロのようなほっぺたに手をあてながら、この上なく幸せな表情でパクパクと、サンドウィッチを食べていた。
俗に言うほっぺが落ちそうというやつなのだろう。
一方長門は無関心を装いつつも、こちらをチラ、チラと見ている。
興味はあるのだろうが、きっと最後まで言い出せないだろうから――長門に一斤のサンドウィッチを差し出すと、こくりと頷き、げっ歯類を思わせる動作でもって
サンドウィッチを淡々と削り取り口から胃へと流し込んでゆく。その横顔は――俺の身勝手かもしれないが――少し嬉しそうに見える。
ここには安寧がある。暖かい泥濘に身体を包まれているような、倦怠と安心感。
はたしてこの空間はいつか壊れてしまうだろうが、その終りのときまでゆるやかに、この時間を過ごしたいと、俺は心から希う。
変化よ、全てをぶち壊す変化よ、訪れるな。変化はやはりゆるやかに訪れるべきで、適応もまた、徐々に行われるべきなのだ!

「ふたなりよ!」
荒々しく開け放たれた扉は、生物の都合など一切考えずに降りかかる、災禍を思わせはしなかったか。
ともかく、彼女の登場は場の空気を一変させた。停滞も、安息も見境無しに吹き飛ばす、無情なflood、涼宮ハルヒ。………
嗚――しかし俺は知っている、知っているのだ!凪のような安らぎの中でまどろむ喜びの背中に隠れる、自らのあずかり知らぬ巨大な力に翻弄され、
逢着した先にある新たな地平の震えるような"凶悪なりし感動"も!
「ふたなりなのよ!!」
入り口を開け放したままで、確かめるようにもう一度叫び、部室内を見回す。呆気にとられた俺たちを確認すると、満足したような顔で頷いて、
不遜さと自信を絵に描いたような歩みで中央に置かれたテーブルにたどり着くと、手提げ鞄をまさぐり、中からむき出しのプリント二枚を引きずり出し、たたきつけた。
「これを見てちょうだい」
二枚の上質紙に印刷されていたのは、
平安風の着物を着た男二人が、屋内で寝ている人の裾をペロリとめくっている絵その説明文だ。
「これは・・・病草子ですね」
古泉がプリントを覗き込みながら呟いた。
「そうよ、これは京都大学電子図書館にあった画像を印刷したものなんだけど…古泉君、病草子がどんな書物かは分かるわね?」
「ええ、平安時代に描かれた絵巻物で、当時の難病、奇病をきしたものです。面白おかしくかかれていますが、医学的に説明できるものも多々あります」
古泉はこともなげに説明を終えたが、俺は今まで病草子という単語すらも知らなかった。それは朝比奈さんも同じらしく、ただ目を丸くするばかりだ。
さすが副団長ねとハルヒがホメると、古泉は別段惧れもちぢこまりもせず、恐縮ですと返した。
「歯槽膿漏、口臭、精神分裂病、かく乱、重度の肥満・・・と、少し思い返すだけでこれだけの、現代にも存在する病状が書かれていたわ」
何となく話が読めてきた、しかしその通りであればきっと俺たちはいい思いはすまい、だが今までの経験上………
「このことはね、病草子に収録された病例の一つである"ふたなり"もまた、今の世に存在していることを表しているのよ!」
嗚……やはり……そしてこれからの流れはもう決まったようなモンだ、SOS団全員でふたなり探しがはじまるのだ………
「素晴らしい着眼点です、涼宮さん」
古泉が無責任にハルヒを褒め称える、当然じゃないといった様相で不敵に微笑むハルヒ。
「ですが、先ほど挙げられた症例は現代においてもしばしば耳にしますが、ふたなりはあまり聴きません。果たして―――」
日本人は褒めてから落とすのが主流らしい、古泉も例にもれずそのような話運びを好むようだ。
しかし上げてから落とすというプロセスは、相手を落とす距離を伸ばし、相手をより否定する働きが強まるということに、奴は気付いているのだろうか。
いや、知っていて使っているのだろう。今の状況から予測できる展開は、俺たちにとって決してプラスでは無いのだから。
「分かっているわ、ふたなりは病気じゃないと言うんでしょう?」
ハルヒは動じないかった。フリーフォールに何の感慨も持たない、毛の生えた心臓…
「確かに病気じゃないかもしれない。でも、他の理由は幾らでも考えられるわ。畸形、突然変異、一時期流行したものの気候の変化などで死滅したウイルス……
 でもね、大事なのは理由じゃないの。そこにそれが居たという事実、それのみが重要なのよ」
ハルヒが言う事には、存在したことさえ事実であれば、例え現代に目撃情報が無くとも探す価値が十分にあるというのだ。
しかし、何故そこまでふたなりに拘るのか、身体的に異質なものであるならば、秀吉の六本指でも良いではないか…
「だって、片手の指が六本あっても人間は人間でしょ?両手足が無くてもそう。でも、ふたなりはふたなりなのよ!人間というカテゴライズを超越した、イワユル新人類!
 我がSOS団が求めるのはこういう、新たな時代を切り開く、人間より一歩進んだ存在なのよ!」
平安時代に存在したのに新人類という呼称は適当なのだろうか…。俺はそんなことを考えながら、
この部室内を平安風のいでたちをしたひげづらのふたなり男が闊歩しているのを想像し、身震いした。絵を見る限りじゃ随分立派なものをお持ちだから、目の毒だろう。
「ということで、今日のSOS団の活動は日本に生き残るふたなりを探すことよ!」
「しかし涼宮さん」再び古泉だ。俺にはハルヒを伏すだけの知識も話術も無い。不毛なふたなり探しに駆り出されないためには、奴の頑張りが必要不可欠である。
「果たして我々の周辺でふたなりを探す妥当性はあるのでしょうか。未来人や超能力者のように、我々の身近に潜んでいても不思議ではないもの…
 言い換えれば"我々と見てくれが違わないもの"ならば、我々の周辺をしらみつぶしに探すのも分かりますが、身体的に特徴があるふたなりならば、
 闇雲に探すよりも、目撃情報がある場所を重点的に探した方が有益なのではないでしょうか」
笑みを絶やすこと無く、しれっと「我々と見てくれが違わないもの」と言い切ってしまう超能力者にうすら寒いものを感じつつも、
ハルヒがこれを承服すれば俺たちはふたなり探しに動員されずにすむ。何故ならふたなりの目撃情報など現代においては存在しないのだからな。
「古泉君、私にふたなり探しをあきらめさせようったってそうはいかないわ」
ハルヒがにやりと唇を吊り上げた、嫌な予感が背筋を上から下へと雷電の如く痺れを残したまま駆け抜ける。
「確かに現代ではふたなりの目撃情報は中々見付からないでしょう。でも、この地でふたなりを探す妥当性はあるのよ」
ハルヒがいったことを掻い摘むと、病草子が書かれた同年代に都落ちをした平家は現代の兵庫県を経由して西に落ち延びたらしい。
「もし病草子で描かれた男が、ふたなりがバレたことによって都に居られなくなったとしたら、当時もっとも主流だったルートを用いないかしら。
 もちろん、兵庫を通る道ばかり使われたわけじゃないけど、江戸時代の七卿の都落ちも西方へ落ち延びたことだし、
 やっぱり都落ちといえば西で、時代の重なりを考えると、ここ一帯を調べることも、あながち的外れじゃないと思うのよ!」
随分無理矢理な意見のような気もするが、古泉もどうやら反論に窮したようで肩をすくめて力なく俺に笑いかける。諦めてくれというポーズだ。
ハルヒもそんな古泉を目にして、自らを止めるものが誰もいなくなったことに満足げな表情を浮かべた。
「それじゃあ、まずは学校内でふたなりを探すわよ!こういうのは案外身近な」
雷鳴が轟いて少しの間ののち、驟雨が降り注いだようなことはなかったか。俺の背中がまさにそうで、噴出した汗がシャツをじっとりと湿らせているのが分かる。
俺は自らの危機感を総動員し、理性を圧迫して朝比奈さんの後ろに回りこむ。そして膝までかかったスカートを後ろから思いきりたくし上げた。
朝比奈さんのか細い悲鳴が聞こえるがそれをかき消すような大声で叫ぶ。
「ハルヒ、ちんこはついてるか!?」「つ、ついてないけど・・・」
俺はその言葉を聴き収めると同時に走り出し、長門の前に立ちはだかり叫ぶ「長門、パンツを見せてくれ!」
長門は無感動に立ち上がり、自らの手でスカートをめくりパンツをあらわにする。水色である。もちろん怪しげなふくらみは存在していない。
「どうだ、ハルヒ、SOS団にふたなりは居ない。ちなみに俺の妹もふたなりじゃないぞ、最近一緒に風呂に入ったからな!
 お袋もそうだ、一緒に風呂に入ったのは随分と前だが、保証する」
俺の慌てようを見て、ハルヒ以外の面々は俺の意図に気付いたらしく、非難されることは無かった。
ただ、俺が妹と風呂に入ったことに対し、ハルヒが変態と呟いたのはなかなか辛いものがあったが、これも家族を守るためである。
そう、この世界は不思議なことに、ハルヒが望んだとおりに変ずる。いつものパターンであればハルヒがふたなりの転校生を"偶然"連れてくるのだろうが、
今回に限って、「探しているものが実は既に探す側に居る」というSOS団の構図が反転し、ふたなりを外部から連れてくるというプロセスを排して
「ふたなりを探している俺たちの中に実はふたなりがいた」という後付が生じないとは言い切れないだろう。
「見事な立ち回りです。やはり身内や親族を守るために世界のその他大勢を犠牲にする人間は、いつの世も美しいものですね」
「うるさい。お前にはいないのか?その、大勢の人間を犠牲にしてもって奴は」
俺の皮肉めいた…実のところ心から気になっていた疑問を古泉に問いかける。すると奴は例によって肩をすくめて
「残念ながら。しかし、涼宮さんがふたなりだったなんてオチは嫌ですね」全くである。それゆえ
「ハルヒ」―――お前はふたなりか?と問おうとすると、ハルヒは侮蔑と呆れが半々くらいに入り混じった視線を向けて「んなわけないでしょ」と言い放った。
さてSOS団内部にふたなりが居ないと分かるとハルヒは次に身近な人に目をつけた。
「あんた等がふたなりじゃないとすると……鶴屋さんはどうかしら!ホラ、あの子のウチってずいぶんな名家らしいじゃない。
 古くより続く名家には、遺伝性の奇病がつきものよ!」
ハルヒの言いたい事も分からないでもなかった。確かに推理小説などで、その土地の名家が絡む際は土地の因縁や近親婚による奇病などがたびたびクローズアップされる。
しかしそれを現実世界に持ち込まれるのは甚だ迷惑だというものだ。その力があるなら尚更である。
「つ、鶴屋さんにはオチンチンはついていません!水泳の着替えのときに見ました!」
親友がふたなりにされるのを防ぐため、朝比奈さんは男性器の名称を大声で叫んだ。その恥ずかしさや如何なものだろう。
俺は朝比奈さんの篤い友情と、ちょッとやましい玄妙なエロティシズムに一瞬くらりとする。エロティシズムがエロティシズムを想起し、
先ほどの、緊急事態とはいえ、朝比奈さんのスカートを無理矢理たくし上げるという行為の内包するやはり隠逸なるエロティシズムの記憶が
脳の奥より沁み出て、俺を今さらながら酩酊させる。俺の頬は今、上気し真っ赤であろう。
「もう、じゃあ一体誰がふたなりだって言うのよ!」 
テーブルを両のこぶしで思い切り叩くと、置いてあった二枚のプリントが風に乗り床へ滑り落ちる。言いだしっぺが真っ先に投げ出そうとしている。
「では、先ほどの文献の説明文をもう一度読んでみませんか?何かヒントがあるかもしれませんよ」
フラストレーションが溜まったままのハルヒをこのまま帰してしまっては、後々自らが閉鎖空間で痛い目に遭うだろうからと、
古泉はいかにもそれらしい助言をハルヒにする。もちろん、ヒントがあるなどという確証はなく、先ほどの助言が的外れだったとき
ハルヒをどうフォローするか、古泉はハルヒが文献に当っている間の猶予に、顔面を汗でじんわりと滲ませながら考えているのだろう。実に刹那的である。
何時の間にか落ちていたプリントを拾い集めていた朝比奈さんからプリントを受け取り、空白部分に説明文の口語訳を書き連ねていくハルヒ。
途中途中で朝比奈さんに質問をしたのは、元書道部である彼女に、判別できない崩し字の読み方を訊いたからだ。
ハルヒほどの頭脳があるのなら、読めない部分を飛ばしても文脈から訳くらい作れそうなものだが、そうしないのは訳の精度を可能な限り高めるためだろう。
「訳せたわ!」
ハルヒは朗々と説明文の口語訳を読み上げた。
あまり遠くない昔に、京都の街に、首に太鼓をぶら下げて落ち着かない様子で歩く男がいた。
 見た目は男なのだが、女の格好をしていたこともあった。
 人々はこのことがどうにも気になって仕方が無くて、
 男が夜寝ているときに、こっそり着物の裾をまくって股間を見てしまった。
 するとなんと、男の股には男のものも女のものも共に存在していた。 これが二形(ふたなり)のものである

俺にはどこにヒントがあるか全く読み取れなかったが、我等が部長さまはこの短文の中から十二分にヒントを得たらしくほくそ笑み、声を張り上げた。
「ふたなりは、ENOZの、岡島さんよ!!」
聴くまでも無い。理由は文献の中の人物と同じように「太鼓を持っているから」だ。しかし、吹奏楽部にも太鼓を持っている人はいるだろうに
岡島さんに白羽の矢が立ったのは無意識のうちにハルヒの内部では、ENOZの面々は面識の無い人よりは身内よりということになっているのだろうか。
と、考えている間にハルヒは荷物を引っつかんで、放たれた矢のように迷い無く部屋から飛び出て行った。
SOS団内部やその関係者のみならまだしも、全く関係の人たちに迷惑をかけるのは忍びない。
「古泉、朝比奈さん、長門、俺たちも追いかけよう」

部室を出ると、都合よく谷口と国木田がいたためハルヒがどこに向かったかを尋ねると、国木田が多分音楽室の方じゃないかなと答えた。
そういえば今日は吹奏楽部が他校での練習のため不在で、音楽室があいている。そのためそこに軽音部がスライドして練習しても何ら不自然なところは無い。
俺たちは谷口と国木田に礼を言い、その場を後にした。

全てが遅かった。
赤い絨毯に膝を落とし、両手で顔を覆っている岡島さん。時折「もうお嫁にいけない…」と消え入りそうな声で呟いている。
岡島さんの周りに膝をつき、肩を叩いたり、大丈夫だからと何が大丈夫なのかは分からないがとりあえずの慰めの言葉をかける3人。
そして窓辺に座り、憂いを帯びた表情で外を見遣っているハルヒ。………
「ああ、みんな。岡島さんはふたなりじゃなかったわ」」
俺たちは言葉に窮した。
「相手をふたなりだと思い込んで陰部をまさぐったものの、それらしきものがついていなかったが、特に謝りもせず申し訳なくも思っていない女」を
叱る言葉を持っていなかったからだ。それ故、ただ呆れるしかなかった。
「え、ふたなり!?」
今まで泣いていた岡島さんが急に立ち上がってハルヒに近づいた。どうやら身体を弄り回された悲しみよりも、ふたなりへの興味が上回ったらしい。
しかしふたなりとは、一部の男が嗜好するものだとばかり思っていたが、そうでもないのだろうか。女性はやおい穴とか、そういうのに興味があると思っていたのだが。
などと考えているうちに、ハルヒは岡島さんにことの一部始終を話し終えていた。
「それはちょっと乱暴すぎる推理ね」岡島さんが苦笑する。
「私が生まれつきドラムを持っていたとかなら、運命的で家系的なものもあったのかもしれないけど」
岡島さんの言葉にハルヒの口から小さな呻きが洩れる。その呻きは段々と呟きに変わる。
明確な内容は聞き取れないが、この呟きは考えをまとめるためのポオズのようなもので、あまり意味があるようには思えなかった。
「わかったわ!」突然、ハルヒが声を張り上げる。その場にいた全員が注目したことを確認すると、ハルヒは再び口を開いた。
「そう、私には分かったのよ!ふたなりが誰であるか!!」
太鼓を持っているからふたなりという珍説を披露したハルヒの話であるから、皆話半分でハルヒの演説に耳を傾ける。
だが俺は、何となく嫌な予感を覚えていた。珍説ならばまだしも、ハルヒが筋が通っていると認めてしまい、また皆もそう思ってしまった事柄こそ、
本当になる力があると思えるからだ。
「さて、今からホームズもポアロもコーデリアもウォーショースキーも超越した名探偵涼宮ハルヒの名推理をご披露するわ!」
名が二つ重なると少し下品な気もするが…
「まず、私たちのしていた重大な勘違い…それは、ふたなりが女性体がメインだと思い込んでいたことよ!」
そういえばそうだ、病草子には男性体のふたなりが描かれていた。ハルヒは鞄の中から病草子をプリントしたものを取り出してENOZの面々み見せて回っている。
「これは、変なゲームや同人誌に毒されたキョンの先走りによって齎されたもの……調査に混乱を招くようなまねをしたキョンは後で罰金ね!」
みんなの視線が冷たい。しかし、俺に非があるのは分かる、変なゲームや同人誌に毒されているのも悪いと思う。
だが、俺が男性体がメインのふたなりでない事を証明するため、俺は朝比奈さんたちのパンツのふくらみをチェックしたあとに
自らのパンツをおろして「どうだ!俺はふたなりじゃないぞ!」とでもやれば良かったのか?それは通らないだろう。
「いやあ、僕らで見せ合いっこすれば良かったですね」そんなことするくらいなら死んだほうがマシだ。
「次に、これは岡島さんのおかげでひらめいたんだけど」と言い、ハルヒは岡島さんに目を向ける。おかげと言われてやや照れる岡島さんである。
「もしふたなりが伝染する病気であるなら、このことは適用されないのだけれど、遺伝子上の問題であるならばきっとふたなりの因子を持った一族が存在する」
「なるほど、遺伝子は変えられませんからね」
「でね、遺伝子のほかに昔から今にまで連綿と続くもの、続きそうなものがあることに気付いたのよ!」
これは岡島さんが言った家系的な太鼓〜という言葉に関連するのだろう。ならば答えは簡単だ。
「苗字だな。四民平等の際に新たに名乗った姓でなく、また家が絶えていなければ平安の時代から同じ苗字が続くということは十分考えられる」
もちろん、考えられるというだけで確率はゼロに等しいのだが。
「その通りよワトソン君。そして私は、偶然にも"ふたなりらしい"苗字を思いついてしまったのよ!」
「ハルヒ、ふたなりらしいというはまさか、二成(ふたなり)さんとか、二形(ふたなり)さんとかじゃないよな…」
ハルヒは鼻で笑い、あんたも良く知っている人よと言った。

俺は今日一日の記憶の中で、明らかに不自然な一部分を鮮明に思い出していた。

「で、涼宮さん、そのふたなりらしい苗字とは一体何なのですか?」
ハルヒは特にもったいぶった様子も無く、得意げに言い放った。
「国木田よ」
沈黙が走る。この沈黙は、誰の名前が出ても訪れたものであろうが、しかし何故国木田なのだろうか。
「…いやはや涼宮さん。そう仰る理由が全く分からないのですが」沈黙を破り、誰もの心中を古泉が代弁する。
「今から説明するから待ってなさい。ふたなりらしい苗字を考えるにあたって、私は三文字じゃなきゃいけないなって思ったの。
病草子の絵に描いてある太鼓は表の面、胴の部分、裏の面に分けられるから、太鼓を苗字にトレースする際、三文字じゃないと不都合があるでしょう?」
「でも…軽音部さんのドラムを見る限りじゃ、表の面と裏の面は同じだから、漢字もそうじゃないといけないんじゃ…」朝比奈さんがおずおずと言う。
「甘いわねみくるちゃん。病草子を御覧なさい、表と裏、右と左かもしれないわね。まあどっちでもいいわ。この二つの面、ちょっと大きさが違っているでしょう?
だから苗字もそれに合った、中央の漢字を挟んだ左右の漢字が似ているものがふたなりの苗字と呼ぶに適しているのよ」
「ですが…それではふたなりの苗字というよりも、平安時代の太鼓をイメージした苗字ということにならないでしょうか」
ハルヒは人差指を左右に細かく振り、あわせて舌打ちを数度。
「あなたもキョンと並んで先走りがちね。今から苗字の構成だけじゃなく、意味についても解説していくわ。
 みくるちゃん"男"という漢字を習うとき、どんな覚え方を教わった?」
朝比奈さんは上方に目を向け、少し思案した後に「えっと……田んぼで力を出しているのが男と習いました」
「さすがみくるちゃん"男"を知っているわね」ヒワイに聴こえるのはワザとなのか、それともハルヒの人徳なのか。
「そうよ、国木田の田の字は男をイメージしたものなの。田んぼは男の領地よ、もちろん、今の時代の考えにはそぐわないけどね」
「ならばハルヒ、国は女のイメージということになりそうだが、エカテリーナやテレジアを除いて、世界の大抵の国主は男だぞ?
 国という漢字で男と女、どちらのイメージが強いかと問われれば、俺は間違いなく男なのだが」
ハルヒは再度、笑った。俺たちのうちの誰かがこう反論することを見越して、思惑通りに俺が飛び込んできたことに対する笑みだ。
「キョン、私たちの国を作ったのは誰だと思っているの」古泉が受け皿の形をした左手に右拳の腹を落とし、小気味良い音を出す。
「そうか、イザナミの国産みだ」「その通り!私たちの国に限っては、国は女のイメージを表すと言っても間違いでは無いの」
ハルヒは黄色い五線譜が元から引かれている黒板に大きく国木田と書き、国に赤いマル、田の字に青いマルをつけた。
「ならばハルヒ、真ん中の木の字は何を表すんだ?」左右対称の木の字が真ん中に位置する正当性は分からないでもないが、それだけでは足りない気がする。
「まあ当然の疑問ね。でも分からないものかしら?男と女の間に存在する木……」
「……エデンの、りんごの木………」長門が今日はじめて口を開いた。
確かにアダムとイヴの間にりんごの木がある絵は世界史の教科書で見たことがある。見たことはあるが……。
「木は、その屹立する姿からは男性器、うろからは女性器を連想させるし、この場においては禁忌を齎すりんごの木を表すしで、まさしく国と木を仲立ちする漢字として相応しいことこの上ないわ!」
「だがハルヒ…なぜ平安時代から続く苗字にキリスト教が絡んでくるんだ…?キリスト教が日本に伝わったのは1549(イゴヨク)年だろ?」
ハルヒは眉も口の端も吊り上げてなんとも形容し難い表情になった。多分笑いを堪えているのだ…と思う。
「ふたなりは男とか女とか、そういった矛盾を全て受け容れ超越した存在よ!キリスト教の伝来の年がどうだとか、和洋混同だとか、そんなのものともしないわ!」
それを言ってしまっては何もかもおしまいのような気もするが…しかし、これで一応の筋は通ってしまったように思われる。
SOS団の面々も、ENOZの人たちも、生唾を飲み込み、今にも「おれたちはとんでもない事実を知っちまったようだ…」とでも言い出しそうな顔をしている。
生唾以前にこいつらが空気に飲まれすぎである。
その時、音楽室の入り口からパチ、パチ、パチと拍手が流れ込んできた。
賞賛の拍手ではない、ミステリなどで探偵の推理を聞いた犯人が居直る前にする、ポオズのみの拍手である。
「素晴らしい推理だよ、涼宮さん」拍手に続いて、声とともに室内に滑り込んできたのは、国木田だった。

「国木田…お前、本当に…」
口ではそう言いながらも、俺は最悪こうなるであろうことを予測していた。
先ほど、部室を飛び出したハルヒを追いかける際、谷口と国木田に遭遇した。"部室棟には普段近づかない"二人にである。
これはふたなりを望むハルヒによって、二人が引き寄せられたからに他ならない。……二人!?
「キョン…ちょっと前に"もしも、僕が悪魔でも、友達でいてくれますか?"っていうキャッチフレーズのCMがあったのを覚えているかい?」
覚えている。確かペルソナシリーズのCMだ。雑踏の中で悲痛な瞳で訴える学ランを着た高校生がこの言葉を口にする姿は、非常に切なく思えたものだ。
「僕は思うんだ、あの子は、悪魔である自分を受け容れてほしかったんじゃない。その友達にも、悪魔になって欲しかったんじゃないかって」
国木田の言っていることが上手く飲み込めない。国木田は俺の表情を見て取ると、柔らかな笑みを浮べ、ハルヒに向き直った。
「涼宮さん、あなたの推理はほぼ当っている。だけど、重大な見落としがあるんだ」
老教員のような優しい口調でもって、ハルヒの間違いを指摘する国木田の横に、国木田より一回り大き目の影が寄り添うように現れた。
「りんごの木は、それ自体が禁忌の象徴でもある。でもそれは、事後の、後付の象徴なんだ」
「谷口…」俺の呟きも意に介さないように、国木田は莞爾と微笑んで言った。
「りんごの木は、禁忌を他人に伝染させたからこその、禁忌の象徴なんだよ」
おもむろにズボンとパンツを下し、下半身をあらわにする国木田と谷口。それを見て立ちくらむ朝比奈さん。
正直俺も倒れてしまいたかった。絵で見るのと本物とでは迫力が違うし、まさか気の置けない友人が、こんなものを隠しているとは思いもしなかったからだ。
「国木田家はふたなりの一族、それは間違っていない。だけど、正確を極めるなら、ふたなりを目覚めさせる一族。
 実はみんな、誰でも、ふたなりになる因子自体は持っているんだ、それを目覚めさせる術を知らないだけでね」
国木田はそう言うと、胸の前で両手の平を合わせ、そのままゆっくりと持ち上げて、頭の上で伸びきらせる。
その動きはまるで天を貫く男根、両手が作り上げる細長い輪は女陰を思い起こさせる。
しかしなんと、無駄が無く美しい動きだろう、まるで生命の神秘を全てその動きにぶち込んだような…
「僕たちは生れる前、男の子にも、女の子にもなれたんだ、そしてそれは、今でも同じさ!」
国木田は先の動きを再び開始する、今度は谷口もそれに倣っている。
……やはり、素晴らしい動きだ。完結している。手と手を合わせた姿は輪廻転生、生命の循環を現し、尚且つふたなりを表す。
一個体では完結し得ない、不可能の美が、矛盾を超越した生命の鼓動が、超自然的なものがそこにはあった!
「キョン君、いけません!引き込まれては!」
古泉が何やらわめいているが、ノイズに他ならない。俺は国木田、谷口に倣い、胸の前で両の掌を合わせた。
「いまだ、目覚めよ、キョン!」
国木田がそう叫んだ途端、俺の下腹部が急に重くなった。
瞬間俺は全てを察した、俺は今、完全であることを。完全であることの優越を、この完全を手に入れるためならば何でもしかねないであろうことを。
朝倉のことが思い出される、朝倉はナイフを用いて俺に襲い掛かった。ナイフは男根の代替物であろう。朝倉は、完全になりたかったのだ。
しかし哀れである、完全は外部の代替物が齎すのではなく、元より自らのうちにある遺伝子が齎してくれることを終ぞ知りえなかったとは!
「キョン・・・悟ったんだね、おめでとう」
悟る。なんとも今の俺の心境を正確に表した言葉であろうか。
果たして仏陀の心が逢着した先は、このような、ふたなりたる心もちでなかったと、誰が言い切れよう。
最早ポオズをとらずとも完全に体はふたなりとなり、体内に永遠や矛盾や奇蹟をを取り込んだ状態である。
俺は思い切って両の手を放しくるりとSOS団やENOZの面々へと向き直り叫んだ。
「さあ、ウェルカムトゥーふたなりワールド!」
しかし俺が言うまでも無く、皆はふたなりへと変じていた。古泉は分からないが、女子は妙に膨らんだスカートがそれを語っている。
彼女達もまた、悟ったのであろう。未だ悟っていないのは、気絶している朝比奈さんと、長門と・・・ハルヒ…
「いやあ、実は僕も悟ってしまったようです。キョン君、御覧になります?」
古泉はどうやら悟ったようだ。いやはや、悟ったのは未だ俺と古泉、ENOZの皆さんだけらしい。
「ハルヒ、お前もふたなれよ・・・」
俺は一番御しやすそうな、ハルヒの両肩に手をやり、囁いた。
すると先ほどまでただ呆然とするばかりだったハルヒの双眸が急に潤み始める。と同時に左方向から強烈な衝撃を喰らい吹っ飛ばされる。
ハルヒの幻の右フックが炸裂したのだ。
「バカキョン!」
空中でコマのように一回転し、楽譜立てに思い切り突っ込んだ俺を全く心配する素振りを見せず、見下ろして罵倒する。
「私に、二人だけの世界はつまらないって教えてくれたのはアンタじゃない!なのに…」
ハルヒは涙声で叫んだ。
「いくら完結していようが素晴らしかろうが、一人きりの世界はもっとつまらないわよ!!」
俺の脳裡に閉鎖空間内の、夜の学校が広がった。そして、神人の足元で交わしたキスの感触も。
そこから世界が全てひっくり返る。そうだ、キスは一人じゃ出来ないし、世界は俺の内部のみで完結するわけが無い。
むしろ、俺の内部のみで完結した世界などは、不完全なのだ。俺がハルヒの世界に感じたように。
俺はハルヒのパンチか楽譜立ての角かで切った口の端を拭って立ち上がる。
「悪いハルヒ、ようやく目が覚めた…」
顔を綻ばせるハルヒに、心底礼を言いたくなったが、それはこの場を脱してからだ。
さて普段、困ったことがあった際真っ先に頼る人に耳打ちをする。
「長門よ、遺伝子がある理由によって狂い、生じた性器を問題なく分解することは出来るか?」
我ながら何を尋ねているのだろうと物悲しくなるが、長門は気にした様子は見せず「出来なくはない」と答えた。
俺はそれを耳に収めるやいなや部屋の角へ駆け出す、目当てのものを手にすると安全ピンを抜き、取っ手をぎゅうと握り締める。
「長門、これ使って後は上手く情報操作をしてくれ!」
俺はふたなり軍団に次々と消化剤を噴きかけてゆく、次々と斃れこむふたなり軍団。そして部屋の空気は真っ白な消化剤に染められた。………

長門の情報操作は見事なものだった。
俺たちSOS団とついでの谷口、国木田が音楽室で軽音部の演奏を見学していると、窓から入ってきたホームランボールに消火器が当たり、暴発。
その際随分古くなっていた消化剤を思い切り吸い込んでしまった俺たちは気分を悪くして、その場に斃れこんでしまったと。
ハルヒやENOZ、国木田谷口に残ってしまったふたなりが云々という薄ぼんやりとした記憶は、
消化剤を吸い込んだことによって見えた幻覚ということで片がついた、いや、片をつけた。
当然我等が団長様が、集団で同じ幻覚を見ることに不信感を覚えない筈はなく、
俺や古泉は「モンスの天使」を初めとする集団幻覚の具体例を出して説明したのだが、
その結果団長様はふたなりではなく集団幻覚に興味をもってしまったようだ。
ハルヒが変な薬に手を出さないことを切に願う。

国木田は、情報操作の結果、女性器を分解され、二度とふたなりを伝播する機能に目覚めないよう、苗字の国の部分を取られ、戸籍上「木田」さんになった。
友人も、本人も、家族すらも気付いていないだろうが、じきに皆、木田となった国木田を自然と受け容れるようになっているだろう。
現にオレも無意識に国木田(現木田さん)を呼ぶ際「〜きだ」と国の部分を意識せずぼかしはじめている。げに長門の情報操作の力や怖ろしきだ。
しかし長い付き合いだが、おれは国木田がふたなりだったとどうして気付けなかったのだろう。
やはり女顔の男のイチモツは、見たいようで見たくないという、妙な防衛機制が働くのだろうか。夢は壊したくない、という。どんな夢かは知らないが。

さて部室は閉鎖的で、ある種の完結性を保持していたが、それはやはり孤独がつきまとっていた。
俺がこの部室に惹かれたのはまさしくその完結性であり、俺が気付かぬ間に嫌っていたのはその孤独さであった。
―――川の流れから分断された水溜りのような孤独―――
俺は今日も、この一時的な完全を愉しみつつ、ハルヒがぶち壊してくれる筈の孤独に、身をゆだねているのである。

(了)

 

 

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